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Tシャツの歴史の一遍2

アートの大衆化に導いた/現代アートとTシャツ

現代アートの発展は、Tシャツによって為されたといったら言いすぎでしょうか。 アーティスト達は、ひどく難しい、そして彼らにとって受け入れがたい“鑑定”を受けるクラシカルアートの規律からの開放を望んでいました。 ポスターよりも、生身のTシャツは、自分たちの作品をより多くの人にアピールする存在として、 モダンアーティストの格好のキャンバスとなりました。Tシャツにはきゅうくつさがなく、動くことに自由でいられます。 実際、作業をするアトリエでも、多くのアーティストがTシャツを作業着として愛用していたそうです。

中でもアメリカの大衆文化を象徴するポップアートにとって、Tシャツの胸元はポップアートがポップであるがための必然的な芸術表現の場となりました。 70年代アーティスト達はこぞってTシャツを作品発表の道具として使い始めます。 カウンターカルチャーの寵児にしてアメリカン・アングラ・コミックの大巨匠ロバート・クラムは、自分の描いたヒッピーのキャラクターをTシャツにプリントしました。 80年代、キース・ヘリングは自身の店「ポップ・ショップ」をオープンし、Tシャツをはじめとする雑貨にキャラクター作品をプリントし、販売していました。 90年代には村上隆が日本のアニメやマンガをモチーフとしたキャラクター作品をTシャツなどで販売することで、ポップアートを継承しました。 Tシャツの持つカジュアルで縛られない、ユニークな個人を象徴するアイデンティティが、現代アートと結びついたことは必然と言えるでしょう。

ファッションとTシャツ

最初にTシャツがモード界でベーシックアイテムとして登場したのは1960年代。 さまざまなデザイナーズブランドがTシャツを発表するようになっていきました。 しかし、ファッション界が本格的にTシャツを取り入れたのは、1970年代に入ってからになります。 70年代前半のヒッピー達による「ラブ&ピース」運動や、70年代後半のパンクムーブメントなど、 自由を求める思想とTシャツが見事にマッチしたのです。人々の態度やライフスタイルの変化に敏感なファッション界が、Tシャツを重要なアイテムとして認知した時代です。

80年代のファッションがよりスポーティに移行すると、多くのブランドがスポーツウェアに力を入れ始め、 ブランドの力でTシャツもファッショナブルな存在となっていきました。 メンズの枠を超え、Tシャツを多くの女性達が着こなすようになったのもこの時代です。 90年代に入ると、80年代で興った様々な変化がさらに混合されてゆきます。 カジュアルに着こなされていたTシャツに、ジョルジオ・アルマーニや山本耀司らにより、スーツにTシャツを合わせるミニマル・ファッションスタイルが提案されました。 環境問題やリサイクルへの関心も高まり、オーガニック綿を利用したTシャツが登場したのもこの時代です。

音楽とTシャツ/ロックを表現した黒いカラー

音楽におけるロックシーンを語る上で、ブラックTシャツをはずすことはできません。 1950年頃、エルビスプレスリーはジャケットを脱ぎ、Tシャツで唄いました。それまでのミュージシャンが来ていた正装を脱ぎ捨てたときです。 ビートルズも、初期の頃はリバプールのクラブで黒いレザーとTシャツで演奏していました。 60年代の終わりにTシャツは大西洋を越え、黒い柄に骸骨やクロスボーンなどの刺激的な柄が描かれたTシャツは、ロックバンドのシンボルとなっていきました。 アメリカの西海岸から誕生したロックコンサートのほとんどをプロデュースしていたビル・グラハムは、「黒はロックの色だ。最初に黒を使ったのはわれわれだ」と言ったそうです。

そうしたミュージックシーンでのハードロックの広がりは、Tシャツの商業価値を拡大させていきました。 セックス・ピストルズの伝説的なベーシスト、シド・ヴィシャスが当時着用していた「Anarchy」の文字が入った歴史的なTシャツは6000ドルの値がつきました。 1980年代には、メッセージの書かれたTシャツが、アルバム自体のセールスを上回る勢いを見せました。 小さなプリントショップからはじまったこのビジネスは、やがて産業へと進化し、Tシャツの売上げで年間1000万ドルを超えていきました。 1995年のローリングストーンズのツアー(450万人の動員を果たした)では、グッズの販売総額は7000万ドルに昇り、そのうちTシャツの売り上げが75%を占めたそうです。

生活シーンにおけるTシャツ/そしてプリント技術

1998年、ノヴァ・デヴェロップメント社は、PCを使って自分でTシャツをデザインできるキットを開発しました。 3000種類の既成のデザイン、2万種類の画像転写シートをセットにし、あっという間にプロ並みの仕事ができるこのキットは、生活者の心をつかみました。

プリント技術とデジタル化の発展により、誰もがプリントTシャツを手軽に作れるようになり、カスタムメイドTシャツが盛んに作られるようになりました。 こうした流れが、イベントTシャツの誕生を促しました。DJのライブのため。映画やアニメのプロモーション媒体として。音楽フェスティバルの記念品として。 ショップの開店記念として。高校や大学の文化祭で。仲間同士のコミュニケーションの道具としても、ビジネスやエンターテイメントとしても、幅広く利用され、 プリンタブルウェアとしてのTシャツは、生活者の毎日に溶け込んでいます。
自由で、カジュアルで、シンプル。そして、いつも新しい。 だからこそTシャツは、これからもプリンタブルウェアの原点としてあり続けることでしょう。
by

Printable Lab.

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